「私、鶴折れないんだよね」 「そうなんだ」 自主学習とは名ばかりの自由時間。ボリュームこそ小さいが、彼女たちを含めた周囲の生徒はそれぞれ好きな様に話している。ごく少数ではあるが、中にはきちんと自習をしている生徒もいた。監督の教師が離れた途端、次第にざわつきを見せ始めて現状に至っている。 日和山 ねね(ひよりやま ねね)は自習用のプリントを終え、持て余している折り紙をなんとかしようと後ろの席へと体の向きを変えた。 「ていうか、普通クラスメイトが入院したからって千羽鶴なんて折る?」 「どうだろう」 「貰ってどうすんだろうね、これ」 「うーん……分かんない。飾っておくんじゃないかな?」 「退院したら要らなくなるのに?」 「それはどうだろう、人それぞれだと思うけど」 「……まあ」 後ろの席で熱心に小さな折り紙で鶴を折っている彼女、藤之谷 瞳和(ふじのや とわ)に声をかければ、意外にも話を続けてくれたことに驚く。 二年生になり新学期が始まってすぐ、親しい友人は一人もいない状況。自分の後ろに座っている相手の名前など曖昧で、であれば人柄など一層分からない。見るからに真面目そうだという印象であったが、お喋りには寛容なのかもしれないと考えていた。 「でも、思いってそういうものだよ」 「え?」 「渡す側の身勝手」 折り鶴を折る手を止めず、声音も変わらず、淡々と思いもよらない言葉を口にする。思わず耳を疑ってしまった。 「意外」 「そう?」 「思いがこもってれば、どうとか、こうとか……」 「今回は成立しないかな。でも、結局は押し付け合いだよ」 「……うん」 藤之谷がそう言うのも納得のいくことだった。クラスメイトが入院したのは新学期が始まってすぐ。千羽鶴を折ろうと言い出したのは、明らかに入院した子の友人ではなさそうだったからだ。 「今、私たちにはこうして一つのものに対して取り組む団結じみたものがあるけど、退院してきた子はそうじゃない。それに、結局大部分は一人で頑張らないといけないよね」 「そうだね」 「果たしてどれだけの子が、心から親身になってあの子を助けようとするんだろう」 完成させた折り鶴を整えると、藤之谷は少しだけ持ち上げてそれを眺める。綺麗なお手本通りの鶴で、日和山もそれにつられて鶴に視線を向けた。 「……どれだけ助けようと思っても無理な場合もあるし」 「そうだね。それこそ、あの子と深い関係でもない限りは……これを考えたのだって、大して仲の良い子じゃない」 「ああ……だから」 「うん。だからこそ貰っても困るし、下手をすればそれに対する見返りだとか、お返しとか、気を遣うかも」 「確かにね」 日和山はぼんやりと入院してしまったクラスメイトのことを思い出す。その子との接点は少しもなく、名前も初めて聞いたに等しかった。だけど確かに新学期が始まった日には、空席が続いている場所に彼女が座っていたことは覚えている。 大人しそうで思慮深そうな印象のあの子は、クラスメイト全員から受け取ったとなれば多少なりとも気にしそうだと想像した。もしくは、彼女がそうしなくても親が気にするかもしれないとも。 「例えば、何かしたいなら形に残らなさそうなものを送ればいい」 「あとは、めっちゃ安価なやつとか……あ、授業のノートとか?」 「ノートが一番いいかも。……そもそも、本当に心配している人は入院先を知ってるしお見舞いにも行ってるよね」 「……そうだね」 藤之谷も日和山も、入院しているクラスメイトとは殆ど接点がない。故に入院先は知らなかった。だが、一切心配をしたことがないと言えば嘘になる。それでも親しい相手ではないので、その心配が持続するものではない。藤之谷が言った通り、彼女たちもまた親身になって助けようとしている人間ではなかった。 それに罪悪感を覚える必要はないと言えるし、接点のない相手に親身になれという方が難しいだろう。むしろ、二人が彼女のお見舞いへ行くことの方が気を遣わせてしまう可能性がある。 「でも、こうして従って身勝手を押し付けようとしている私も同じかな」 「え」 「本当に心配している人も中にはいるだろうし、形としては丁度いいのかもしれないね」 「……そうかな」 「違った?」 「なんていうか、こう……さっきも言ったけど、クラスメイトが入院したからって関係ない人間が、更に関係ない人間を巻き込んでるのって違うと思って」 「……」 「心配しなかった訳じゃないけど。親しい子達からの心配だけで充分だと思うんだよね」 藤之谷は日和山の言葉に初めて折り鶴を折る手を止めて顔をあげる。今まで伏し目がちだった瞳と、ばちりと視線が交じり合って見つめ合う。 「クラスメイトっていう大義名分で、身勝手を私たちにもあの子にも押し付けようとしている」 「うん」 「その身勝手を振りかざして、振りまいて、自分に返ってくると思っているんじゃないかな」 「……無理だと思うなあ」 「私もそう思う」 気まずいと感じる人も必要ないと思う人もいるのにね。いつかどこかで気付かされる日が来て、それで初めてから回っていたのが分かるのかも。 耐えきれなくなったのか、くすくすと笑って付け加える藤之谷。 あまりにも穏やかにほほ笑みを携えて言うもので、日和山は何となく好奇心がくすぐられてしまった。彼女が懐に入れた人間とどう接するのか、気になってしまったのだ。 「……仲良くなりたいって言ったら、嫌?」 「この話の流れで……?」 「そう、だよね」 「嬉しいよ、ありがとう。……ほら、鶴の折り方教えてあげる」 「え、あ、ありがとう」 「私、結構酷いことを言った自覚があるんだけどな」 「少なくとも私は納得できたから、別によくない?」 「……そういうもの?」 「うん」 「そっか」